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(1)ユヌムレーヌカチィ 語り人 米盛実 |
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戦前、戦後に渡り利用された垣で、大きさは最も大きく2町5反ぐらいでした。半径約130mの半円形であり、石積みはピラミッド型で高さは1m20pぐらいでした。 |
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(2)カーラーヌカチィ 語り人 嘉良 直正 |
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カーレヌカチは、56、7年前ぐらいまで直正さんの祖父が魚を捕っていた。戦後は、世持はてるさんがカーレーヌカチィを借りうけ、ユムチェーヌカチィとあわせて同じ一つの大きなカチィとして昭和40年代頃まで使用していた。カチィには網をかけ魚を捕る袖(捕魚部)が設けられていた。石積みの高さは100cm無いぐらい。 |
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(3)フタムレーヌカチィ 語り人 米盛三五の娘ヤス子 |
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戦後に築かれたもので、大きさは7反ぐらい。ピラミッド型の石積みで高さは90cmぐらいでした。 |
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(4)シマナゲーヌカチィ 語り人 内原太郎 |
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戦前については不明、戦後一時期利用された垣で、大きさは良く分かっていません。しかし、石積みはピラミッド型で高さが1m10cmぐらいでした。 |
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(5)ユムチェーヌカチィ 語り人 世持トシ |
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戦前戦後利用されたもので、大きさは良く分かっていませんが半円形の垣の一番奥に1m50cmぐらいの入り口が作られていました。中潮、小潮のときは開けておき潮の流れを良くし、大潮のときに石でふさぎ魚をとりました。 |
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(6)ンゲーヌカチィ 語り人 金嶺英次 |
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戦前戦後利用されたもので、大きさは1町5反でした。浜の砂地を利用しピラミッド型の石積みを1m20cmほど積み上げました。半円形の石積みの2箇所を開け魚が出入りしやすいようにした。潮時を見て閉めておき魚をとりました。 |
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(7)ウスパレーヌカチィ 語り人 内原克 |
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大きさは良く分かりませんが、アーサの崎とよばれる岩場を利用して垣を築きました。 |
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