20年前、私は石垣市字新川から白保に嫁いだ。
結婚式の日の事、夫は、媒酌人と雄蝶雌蝶の親戚の女の子とともに粛々と婿入りの杯を交わした。
そして、実家を出たその一歩から、私の白保生活が始まった。
実家の前に盛大に飾り付けしたオープンカーとスピーカーがやってきて、大音響で「祝い船」を流した。隣近所、通りすがりの人が大勢集まり、出発の際は多くの拍手が沸き起こった。
盛大に祝う。それが白保流だ。
白保までの道中も白保らしく、たまたま、パトロールしていた白保出身の警察官が私たちを見て、信号を止め交通整理をしてくれた。
地域思いの白保人ならである。
白保に着いた私たちは国道で車を降り、鏡持ちを先頭に列をなして歩いた。
家の門をくぐるその時、私は不思議な気持ちにさせられた。火のついたワラ束を跨がされ、その瞬間バクチクが鳴り響いたのだ。
八重山の古い風習で、花嫁とともに悪い厄が入らないようにいう儀式だ。
目に見えない物への畏敬が、この地域には残っていると、感じた。
そして、それは、白保で暮らすなかで感動として、色々な場面で感じることができた。
命を慈しむこと、人と人が繋がりあって生きること、この島が豊かなことなど数々のメッセージを伝えてくれる。
豊かさに気ずく、大事なことである。
さて、私もそろそろオバーの年なので、いろいろな人にシゥサブの暮らしを「オバーの口説き」として語っていかなければと思っている。